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東京地方裁判所 平成6年(ワ)22596号 判決

原告

東邦アセチレン株式会社

右代表者代表取締役

前田利一

右訴訟代理人弁護士

坂口昇

被告

石田晴康

右訴訟代理人弁護士

手塚敏夫

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  原告は、更生会社手塚興産株式会社(以下「手塚興産」という。)のいわゆるスポンサー会社、被告は手塚興産の管財人であった者である。手塚興産は、被告が管財人在職時に振り出した融通手形を決済できず再倒産し、更生手続を終結して特別清算手続に入ることとなり、原告は共益債権九八億円余のうち七〇億円余を回収できなかった。

本件は、被告が管財人の善管注意義務に違反して融通手形の交換をしたこと等により、原告の前記債権が回収不能となったとして、そのうちの三〇〇〇万円の賠償を求めている事案である(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日)。

二  争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に証拠を掲げた。)

1  原告は、酸素、窒素等の圧力ガス等の製造販売、液化石油ガス等の仕入れ販売等を目的とする資本金二二億六一〇〇万円の株式会社であり、手塚興産(資本金二億五〇〇〇万円)の株式の四八パーセントを有する株主であった。

被告は、手塚興産において、昭和六〇年六月一四日から平成四年三月三一日まで管財人であった者であり、昭和五六年一二月からは代表取締役社長であった。なお、被告は昭和五二年七月から平成四年三月まで原告の非常勤取締役でもあった。

2  手塚興産は、ごみ処理プラント、油圧プレス機械等の製造販売等を目的とする会社であり、昭和五一年一二月会社更生法による更生開始決定を経て更生手続中であったが、表面上は売上高、経常利益とも順調に拡大し、昭和五八年八月に一般更生債権の弁済を完了し、平成四年三月時点で更生担保権の5.68パーセントに当たる四億八〇〇〇万円の弁済を残すのみであった。

原告は、手塚興産のいわゆるスポンサー会社として、手塚興産に対し、原材料の供給、前渡金の供与、借入れについての連帯保証、被告を含む人材の派遣等支援を行った。

3  ところが、手塚興産の実態は、多額の回収不能債権を抱え著しい債務超過の状態であった。そのうち、株式会社環境システム研究室(以下「環境システム」という。)への資金融通は昭和五八年九月からであって、被告作成の顛末書(甲第六号証)によれば、高金利の資金操作は昭和六三年五月から、また被告の記憶に基づく同社への資金融通は四三億円余、その使途は運転資金(主に人件費)流用一七億円、土地購入費二億円、高金利の利息一二億円とされている。

平成三年八月末、融通手形の支払が不可能になったため、被告は原告に融通手形の振出しを告知して手塚興産に対する緊急融資を要請し、原告は倒産回避のため手形決済資金四億四〇〇〇万円を緊急融資した。原告は、手塚興産への支援を継続するには原告の業容、資金調達力では不可能であったので、原告の大株主に支援を要請したが反対され、平成四年三月手塚興産に対する支援を打ち切った。手塚興産は、平成四年三月三一日に第一回目、同年四月三〇日に第二回目の各自己振出手形の不渡りを発生させ、事実上倒産した。

4  被告は、平成四年三月三一日管財人を辞任し、後任の管財人が手塚の再建を試みたが奏効せず、清算することとなり、手塚興産については平成六年八月二日更生担保権弁済完了、特別清算申立て、同年八月五日更生手続終結決定、同年九月一日特別清算開始決定、同年一一月一六日債権者集会にて協定案可決となった(甲三)。

5  原告の手塚興産に対する平成四年三月時点の共益債権総額は九八億七六三一万四〇一四円(うち担保付共益債権五億〇〇五〇万二七六一円)であったが、原告がいわゆるスポンサー会社であったこと、双方の関係、手塚興産の債権者の実情等から、裁判所の斡旋もあって、後任の管財人や清算人との間で利息金及び損害金債権の他無担保債権の二〇パーセント、一八億七五一六万二二五〇円を放棄すること等を協定した。平成六年一一月一六日、特別清算手続における債権者集会で、協定案が可決され、同年一二月六日の経過により確定した。右協定案の要旨は、担保付債権者は全額、無担保債権は29.5パーセント(原告は右二〇パーセントの債権放棄後の債権に対し)の各弁済を受ける、利息金及び損害金債権は放棄する、原告は手塚興産の本社土地建物等の不動産を合計一四億一五〇〇万円の鑑定評価額で右弁済に代え取得する等である(甲七、弁論の全趣旨)。

原告は、右代物弁済を含め、平成七年三月一四日までに合計二八億二八三四万五二二五円の配当を受けた(甲七、一三)。その結果、原告の手塚興産に対する共益債権のうち七〇億四七九六万八七八九円が回収不能となった。

三  争点

1  被告の管財人としての善管注意義務違反の有無。

2  原告の請求が権利の濫用に当たるか否か。

3  争点1に関する当事者の主張

(原告の主張)

手塚興産が本業の業績が順調であったにもかかわらず再倒産した原因は、融通手形の交換等による不良取引先(関連三社、すなわち環境システム、首都環境整備株式会社及び株式会社ホワイトオーク)に対する資金融通による資金的行き詰まりであった。右関連三社に対する資金融通は七四億九〇〇〇万円余(そのうち環境システムが約五五億円余)であり、そのうち融通手形によるものは三十数億円、いずれも簿外で処理されていたものである。そして、関連三社に対する資金融通はその全額が不良債権となった。

融通手形はその交換自体危険極まりない行為であり、管財人の善管注意義務違反たることは明らかであり、その懈怠により利害関係人である原告が被った損害につき賠償する責任がある。

(被告の主張)

手塚興産が倒産した主たる原因は、環境システムに対する不良債権の発生にあるが、手塚興産が環境システムに援助をした理由は手塚興産の更生会社としての窮境を打開しようとする営業努力、判断の結果であり、更に不良債権が拡大したのは環境システムに対する債権を回収しようと努力したにもかかわらず、環境システム代表者の詐欺に引っ掛かり、却って逆の結果となったためである。

管財人の第三者に対する損害賠償責任については、管財人に故意又は重大な過失のある場合にのみ責任を負うものであるが、被告の右一連の行為には故意又は重大な過失はない。

4  争点2に関する当事者の主張

(被告の主張)

原告は手塚興産の親会社で、手塚興産の持ち株は原告の系列会社の分まで含めれば約七〇パーセントである。更生会社の出発時点より原告の代表取締役が管財人、他の取締役が管財人代理をしてきた。この状態は最近まで実質上変わらなかった。被告も原告の取締役を兼任してきたもので、被告は手塚興産の経営につき原告と細大漏らさず相談してきて今日に至ったものである。すなわち、原告は、被告と手塚興産の実質上共同経営者の立場にあったものであって、その結果損害を被ったとしても、被告に責任を転嫁することはできない。

(原告の主張)

更生会社の事業の経営並びに財産の管理及び処分をする権利は管財人に専属し、管財人は裁判所の監督を受けるのみである。原告と手塚興産の間には役員の兼任があったが、原告から派遣された取締役には会社更生法二一一条三項又は二四八条の二第一項による権利の付与がなく、手塚興産の取締役として何の権利もなかった。株主の権利は、更生手続外において又更生手続において著しく制約されている。したがって、被告の主張は法律上成り立たない。

また、手塚興産の経営は被告が管財人として専行しており、融通手形等の資金融通は原告不知の間になされていた。被告は、平成三年八月末、手塚興産の資金繰りがつかなくなったことを原告に告白し、原告は、被告の要請に応じ同月末期日の手形決済資金四億四〇〇〇万円を手塚興産に緊急融資し、平成四年二月末と三月二日に併せて九億円を緊急融資したものであり、被告の主張は事実上も成立の余地がない。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実等に加え、証拠(甲一の一・二、二の一ないし五、三、四の一・二、五、六、九、一〇、一四ないし一六、一七の一ないし五、一八の一ないし九、一九の一ないし八、二〇、二一、乙一、二、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる(括弧内に認定に供した主要な証拠を掲げた。)。

1  手塚興産は、昭和五一年一二月更生手続開始決定を受け、昭和五二年当時、原告代表者五十嵐董(以下「五十嵐」という。)が管財人を努め、原告の取締役二名も手塚興産の役員となっていた。原告は、手塚興産のいわゆるスポンサー会社として、同社の株式の約四八パーセントを保有し、手塚興産の必要とする原材料を原告経由で供給する等、手塚興産を全面的に支援した(甲九、一〇、乙一)。

2  被告は、商工組合中央金庫の本店営業部次長であり、昭和五二年、原告の取締役に就任し、間もなく手塚興産の管財人代理になったが、五十嵐が原告の社長及び手塚興産の管財人を辞任するのに伴い、昭和六〇年六月に手塚興産の管財人に就任した。また、その後も原告は手塚興産に被告の他役員を概ね三名派遣していた。

手塚興産は、原告に対し、月次報告をすると共に毎年営業報告をし、また継続的に資金繰りの打合せもしていた(以上本項につき甲九、乙一、被告本人)。

3  手塚興産は、昭和五八年九月以降、環境システムへの前渡金等の資金融通を始め、昭和六二年九月現在で未回収債権は約八億四六〇〇万円となったが、環境システム代表者が贈賄容疑で逮捕され、昭和六三年九月に有罪判決を受けたこと等から早期回収が困難となった。しかし、被告は、右回収の早期実現を図るべく、原告に相談なく、環境システムに対し、種子島の土地の購入代金等の名目で融資したり、融通手形の振出しを繰り返す等したが、融資金額が一層増大する結果となり、被告の記憶によれば、平成三年九月末の債権残高は約四三億〇九〇〇万円となった。そのうち、約一七億円は環境システムの運転資金に流用された他、融通手形の現金化に伴う支払利息(融通手形決済のために月三パーセントの金利を付加した新手形を交付し、順次同様に決済してきたもの)として、昭和六三年九月期に約一億九八〇〇万円、平成元年九月期に約二億七二〇〇万円、平成二年九月期に約三億一五〇〇万円、平成三年九月期に約四億二三〇〇万円(以上合計約一二億〇八〇〇万円)が費消された。また、環境システム、首都環境整備株式会社及び株式会社ホワイトオークの関連三社に対する債権は、平成三年九月末でそれぞれ約四三億円、約八億九七〇〇万円、約九億八九〇〇万円の合計約六一億八六〇〇万円となり、そのうち回収可能性があるもの(種子島の土地、砂を含む。後にその評価は大幅に低下した。)は約二八億円で、その余は回収困難となっていた(甲四の二、五、六、被告本人)。

4  手塚興産の決算書、月次報告や資金繰り表には、関連三社に対する融通手形の振出しの事実を示す記載はなく、また、被告が原告に対して正確な報告をすることもしなかった(甲一〇、被告本人)。

手塚興産が裁判所から許可を得ていた手形発行枠は、昭和六三年一月以降は二六億円となったが、昭和五八年ころから、手形の発行残高が裁判所の許可した発行枠を上回るようになり、平成四年三月第一回目の手形不渡事故が発生した当時の手形発行残高は七〇億円を越えていた(甲四の二、一〇)。

5  被告は、平成三年八月末、手塚興産の同月末日の環境システムに対する融通手形等の支払資金が約七億円不足したことから(被告本人)、原告に緊急融資を依頼すると共に、関連三社に対し融通手形を振り出していたことを報告した。これを受けて、原告は、同年九月二日に手塚興産に対し四億四〇〇〇万円を融資した。

原告は、手塚興産に出向していた小林稔に調査を命じ、また、同年一二月には原告代表取締役専務深水泰において小林稔と共に環境システムの投資先物件(土地、砂)所在地である種子島に現地出張したところ、環境システムが購入した土地は占有関係も必ずしも明らかでない状況であった(甲二一、乙一、被告本人)。

原告は、手塚興産には簿外の支払手形約二〇億円を含め約四二億円の粉飾があり、平成三年度末までに約六〇億円の資金調達を必要とすると判断し(甲五)、手塚興産への支援を継続するには原告の業容、資金調達力では不可能であったため、原告の大株主に支援を要請したが反対され、平成四年三月手塚興産に対する支援を打ち切った。

6  手塚興産は、後任の管財人の調査によれば、平成四年三月現在で支払手形の残高は約七四億七〇〇〇万円(うち融通手形約三十数億円)、また、関連三社に対する債権のうち環境システム分が約五五億七〇〇〇万円、首都環境整備株式会社分が約一三億五〇〇〇万円、株式会社ホワイトオーク分が約五億七〇〇〇万円であり(甲四の二、被告本人)、手塚興産は同月三一日に第一回目、同年四月三〇日に第二回目の手形不渡事故を発生させ、事実上倒産した。右第一回目の不渡手形は、平成三年一一月ころ、同年八月以前に振り出していた手形の決済のために新たに振り出したものである(被告本人)。

また、被告が辞任した後に専任された管財人は、平成四年一一月、手塚興産の関連三社に対する債権約七四億九一〇〇万円を回収不能と評価し、関連三社に対し破産宣告を申し立てた(甲四の二)。

二  以上の事実を前提に、争点1について判断する。

右のとおり、被告は、裁判所の許可した金額をはるかに超過した金額の手形を振り出したものである上、環境システムに対する前渡金の早期回収を図ったとはいえ、同社に対して融通手形を振り出し、右手形の決済資金を捻出するため、高率の利息に相当する額を上乗せして更に手形を振り出すことを繰り返す等して、関連三社に対する融通手形の金額のみでも三〇億円を越えたこと、しかも、右関連三社に対する資金融通については、被告において具体的な返済可能性を検討したことを認めるに足りる的確な証拠がなく、現に後任の管財人が破産宣告を申し立てたように関連三社からの債権回収は事実上困難であったということができる。そして、原告は前記一5でみた経緯で平成四年三月に手塚興産への支援を断念し、手塚興産は事実上倒産し、原告(資本金二億五〇〇〇万円の手塚興産の四八パーセントの株主)の手塚興産に対する共益債権のうち七〇億円以上が回収できない状況となったものである(前記第二の二の5)。そうすると、被告は、手塚興産の管財人として、裁判所から許可を得ていた手形発行金額二六億円を大幅に越える手形を発行し、しかも関連三社に対しては、その回収可能性を十分確認することなく、三〇億円を越える融通手形発行による資金融通を行ったものであり、右関連三社に対する七〇億円を越える債権が回収不能となり、手塚興産倒産の主因となったということができるから、被告は管財人としての善管注意義務に違反して、共益債権者であり株主でもある原告に少なくとも三〇〇〇万円を越える損害を与えたものと認めざるを得ない。

三  そこで、争点2について判断するに、原告は手塚興産のいわゆるスポンサー会社として、多数の株式を所有して役員を派遣する等同社の経営に深く関与してきたものであるが、被告は、同人が管財人となった後の昭和六二年から平成三年までの間に、原告に相談することなく、手塚興産の倒産の主要な要因となった環境システムに対する資金供与を八億円余から四〇億円以上に著増せしめ、また関連三社に対する資金供与の状況についても正確な説明をすることなく増大させたものであること、原告において平成三年八月以前に右融通手形の発行を認識していたことを認めるに足りる証拠のないことを考慮すると、前掲事実のみから原告の請求が権利の濫用であるとまでは認め難く、他に被告の主張を裏付ける事実を認定するに足りる証拠はない。

四  以上から、原告の請求には理由があり、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官中山雅之 裁判官小林宏司は差し支えにより署名押印することができない。裁判長裁判官宗宮英俊)

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